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2007/10/27 今は亡き、愛し君へ贈る詩~Ⅷ~EpilogueⅠ愛猫が死んで最初に耐えられなくなったのは 自分ではなく、母だった。 猫が死んでから、毎日のように電話がかかってくるようになった。 やはり、寂しいのだと。
今、家には父と母と俺が三さん人で住んでいる。
父は夜にしか帰って来ない。 母も仕事はしているが、夕方には終わり帰宅する。 あの猫は、よく玄関で待っている猫だった。
家主の帰宅を知らせる足の音や、玄関の鍵を開ける音。 それらが聞こえると、玄関でちょこんと座り、時にはドアの目の前まで来て、帰宅する者を出迎えていた。家族以外には、絶対にしないことだった。 そう、当時あの猫は唯一
母の帰りを待つ者だった。 母にとって唯一 自分の帰りを心待ちにし、出迎えてくれる者だった。 寂しがりやの猫だったから、昼間誰もいなくて帰ると、すぐに喉をゴロゴロと鳴らし、帰宅を喜んでくれる。
自分の帰りを待っていてくれる誰かがいるというのは
本当に幸せなことなのだろう。 母にとって、そんな猫の存在は大きかったに違いない。 空間的に帰る場所があるということと、
その自分にとっての存在として、 帰りを待っていてくれる場所(誰か)があるということは、違う。 だが、その猫はもういない。
もう母が帰宅し玄関を開けても、待っているのは
誰もいない薄暗く静かな部屋だけだった。 やっぱり、寂しい。
毎日のように聞く電話越しの母の声は、
悲しみで溢れていた。 家事をしていても、仕事をしていても、何をしていても 不意に猫のことを思い出し泣きそうになると そう言っていた。 母は毎日毎日同じ事ばかりを話した。
あの猫の存在は、あまりにも大きすぎた。 自分はその母の電話を、無下に切ることなど出来なかった。
母が心配だった。
このままではいつか事故を起こしかねない。 気が本当に滅入ってしまっていて、いつか病気になるのではないかと心配だった。 だから、後悔した。
猫が死んで母からの2度目の電話で、 自分が母に言ったこと。 猫のものは、全部捨てたほうがいい。
そう言った。
猫の使っていた毛布も食器もトイレも爪とぎも首輪さえも 全部捨てたほうがいい、と。 あってはいけないと思った。
だから、捨てさせた。 だからもう今家で、あの猫を偲ぶものは何もない。
唯一あるとすれば少ない写真と、猫がつけた傷跡だけ。 しかし、それを母にさせたのは間違いだったかもしれない。
なぜ自分は捨てさせたのか。 心がそこに留まってしまうから?動けなくなってしまうから? 自分が家に帰ったとき 主を失くした食器や首輪を見て辛くなるのが怖かったから? それを捨てるときの母の気持ちを あの時の自分は考える事ができていなかったのではないか? 本当に酷なことをさせてしまったと、今でも思う。 あの猫はもう、ここにはいない。
頭で分かっていても、心は離れられなかった。
自分がさせたことは、 それを知らしめる結果にしかならなかったのかも知れない。 猫が死んだ日、父と母はその亡骸をおじちゃんの住んでいる団地へ連れて行った。
そして、お経をあげてもらい、お墓に葬んだ。 鳥獣供養の共同墓地だった。 おじちゃんの住んでいる場所の近くにこのようなところがあるのは知らなかったが、父はちゃんと探していたようだった。 だから今、猫の亡骸はそこで眠っている。
これでよかったのだと思う。
いつか離れる場所なら、そうやっていつまでもそこにある場所にいてくれた方がいい。 いつまでも、何年後も変わらずある所にいて欲しい。
自分に通える場所を与えて欲しい。 自分はこれからもずっと、
おじちゃんのところに行けば必ずそこに手を合わせに行くだろう。 毎日会いに行くわけにはいかないが、いつかまた逢いましょうね。 引用通告此日志的引用通告 URL 是: http://kazukiayu.spaces.live.com/blog/cns!26B0B606A652D668!9776.trak 引用此项的网络日志
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